賢崇寺

■賢崇寺

〒106-0046
東京都港区元麻布1丁目2-12
TEL:03-3451-2359
賢崇寺(けんそうじ)は、東京都港区麻布十番付近にある曹洞宗の寺で、二・二六事件の青年将校の墓があることで知られる。

鍋島家の菩提寺。
鍋島家の初代藩主勝茂が息子(忠直)の菩提を弔うため、高輪の正重寺を買収して1635年に建立。
佐賀藩士をはじめ、佐賀ゆかりの人々の墓が多い。

鍋島家の菩提寺である賢崇寺について「佐賀県東京情報センター」に詳しい案内が紹介されていましたのでそちらをご覧ください。
佐賀県東京情報センター「賢崇寺」について

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玉窓寺(会津藩士のお墓)

玉窓寺(会津藩士のお墓)

〒107-0062
東京都港区南青山2丁目7-8
TEL:03-3401-0227

【アクセス】
地下鉄青山一丁目駅徒歩5分
青山忠成の息女死去後、忠成内室がその菩提のため青山家下屋敷に開創、天和二年紀州家境に移転後、明治十二年青山御所用地となり現在地に移転。

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教運寺|信楽山 教運寺(浄土宗)

■教運寺|信楽山 教運寺(浄土宗)

〒107-0062
東京都港区南青山1丁目26-1
TEL:03-3402-2798
信楽山至心院教運寺は寛永元年(1624)の創建。開山は法蓮社厳誉上人廓含直行大和尚。
また、教運寺の過去帳には正保二酉年(1645)の年記があり元禄14年(1701)の墓石を有するなど、この寺の由緒を伝える。

教運寺の仏・菩薩
本尊 阿弥陀如来像(延宝6年(1678)造立 昭和60年修復 像高97・6cm)
西方十万億土をすぎたところに極楽浄土があり、現に阿弥陀仏が法を説いている。
脇侍 観音菩薩像
慈悲をもって衆生済度する。
脇侍 勢至菩薩像
智慧をもって衆生済度する。
地蔵菩薩像(像高40・5cm 伝小野篁之御作 教運寺秘仏 江戸南方48ヶ所地蔵尊第38番札所)
釈迦入滅から弥勒菩薩が56億7千万年の後に成道するまでの無仏(仏がいない)の時代に比丘形式(托鉢する修行僧)をあらわして六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の世界)の衆生を教化救済する菩薩。無仏時代になっても最後まで残る阿弥陀如来の後を担当し、浄土教を伝える菩薩として、日本では特に有名。
閻魔王像(昭和10年代、浅草宗円寺より招来)
地獄の主神、冥界の総司として死者の生前の罪を裁く考えられている。
法然上人像
浄土宗の開祖
善導大師像
中国浄土教の大成者

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圓通寺(円通寺)

■圓通寺(円通寺)

〒107-0052
東京都港区赤坂5丁目2-39
TEL:03-3583-4024

寛永2年(1625)1月1日の創立された。圓通寺は、「時の鐘」を託された7ヶ寺の1つ。「時の鐘」は、当時の江戸市民の時報として大変親しまれていた。現存する鐘楼は、年に一度除夜の鐘として一般公開される。
開山圓通院日亮。開山当時は赤坂三分坂上に建立。元禄8年2月類焼、同年4月再建。大正7年7月28日に瀬田玉川村へ移転し祖師堂建立。昭和20年5月25日戦災で焼失し、21年4月8日現在地に移転、瀬田玉川から祖師堂を移転再建された。
洪鐘は元政の筆で十二支の頭文字で漢詩が書かれている。昭和18年供出、昭和50年に帰寺した珍しい鐘である。1世圓通院日亮は伊豆玉沢妙法華寺17世から。28世境圓院日勝は玉沢妙法華寺54世へ。師は学者でもあり、図書館日勝文庫を建て(鉄筋4階建)また山脇女子学園の前身を建立して女子教育にカを注いだ。
乃木大将邸が近く、学習院長の頃は圓通寺祖師へ日参されたという。

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大法寺(大黒天)|港区・七福神めぐり

■大法寺(大黒天)|港区・七福神めぐり

〒106-0046
東京都港区元麻布1丁目1-10
TEL:03-3451-6039
daihouji.or.jp
大法寺は、慶長2年11月(1597)、慈眼院日利上人によって創建されました。享保15年(1730)、日舜上人法華経三万部読誦の功徳によって不思議な大黒天尊蔵を感得されました。このご尊像が伝教大師作「三神具足大黒尊天」です。

ご尊像は、麻布六本木の旧家伊勢屋長左衛門の秘仏でした。ある夜、長左衛門の夢枕にご尊像が立ち、「我れ汝の家にあること久し、今法華経読誦の功徳により法華経守護の為め大衆に福寿を授けんことを誓い法華経読誦の地に往かん」と告げられました。
翌朝、長左衛門が夢からさめて、この秘仏を拝せんとしますが、不思議なことにご尊像のお姿はありませんでした。
長左衛門は近隣に法華経読誦の地を捜し求め、一本松に日舜上人の法華経三万部読誦を知り、また、不思議なことに我が家の秘仏があることをしりました。長左衛門は日舜上人に霊夢を語り、このご尊像を献納されたのです。当山五世日亮上人 は、このご尊像の霊夢を得て大衆に福寿を授けることを誓い、日舜上人よりご尊像を拝受し永代当山に奉安し大衆帰依の道を開きました。栄久山大法寺は江戸時代には赤門寺と呼ばれ、甲子の祭日には縁日が盛んで賑わいました。地元では大法寺というより一本松の「大黒さま」として親しまれています。

ご尊像「三神具足大黒天」の「三神具足」というのは、ご尊像のお姿が大黒天の小槌を持ち、弁財天の髪をいただき、背には毘沙門天の鎧をつけているところから、大黒天の福寿と弁財天の円満と毘沙門天の除災得幸を表して居られると讃えられることになりました。
この三神具足大黒天尊像は秘仏として普段は公開されていませんが、大法寺さまの広く大勢のみなさまに福寿を授けたいというご厚意により御影を撮らせて頂きました。大法寺にはこのご尊像のほかにも多くの大黒天像が祀られ、御利益多いお寺としてお参りされています。

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大黒天は、福徳や財宝を与える福の神ですが、原形は闇の神様です。大黒は梵語の摩訶迦羅 マハー・カーラ の訳で、マハーが大で、カーラが黒です。ヒンズー教ではシヴァ神の化身で、シヴァ神が世界を灰にする時、この姿になるとされています。また姿も七福神の大黒さまとはかなり異なり、恐ろしい姿をしています。曼荼羅の中に描かれている大黒天は後者に近い姿です。密教では自在天の化身です。
 七福神の大黒さまは、狩衣のような服を着て頭巾をかぶり、右手に打出の小槌、左手に大きな袋を背負い、米俵の上に立っているのが一般的です。俵に乗っている由緒は
「毎日ご飯を供えてお参りすれば、一生食に不自由はさせない」というお告げが残され、米俵と結びついたようです。食堂や台所にまつられることが多く、そこから転じて お寺の婦人(僧侶の妻)を大黒さまと呼ぶこともあります。
 また建物の中心となる太い柱を大黒柱と呼びますが、これは大黒さまが天・地・人を守る事から屋台骨を支えるものをこのように呼びます。神道では大国主命(おおくにぬしのみこと) と大黒天を結び付け、大国天とすることもあります。神社にまつられる七福神では大国天が多いようです。
 
 
麻布氷川神社(毘沙門天)|港区・七福神めぐり

■ 麻布氷川神社(毘沙門天)|港区・七福神めぐり

〒106-0046
東京都港区元麻布1丁目4-23
TEL:03-3446-8796
jin3.jp/7fukujin/hikawa/hik...
氷川神社(ひかわじんじゃ)は東京都港区元麻布にある神社である。同区内の氷川神社と区別するため麻布氷川神社(あざぶひかわじんじゃ)とも称される、麻布の鎮守。 

1990年代のアニメ『美少女戦士セーラームーン』で、火川神社の名で登場し、かつ同作品のキャラクターであるセーラーマーズ・火野レイが巫女をしているという設定のため、放送当時ファンが押しかけたことで有名である。

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宝珠院(弁財天)|港区・七福神めぐり

■ 宝珠院(弁財天)|港区・七福神めぐり

〒105-0011
東京都港区芝公園4丁目8-55
TEL:03-3431-0987
宝珠院は、貞亨二年(1685)増上寺三十世霊玄上人が白蓮池に弁天堂を建立。同時に宝珠院を開創し、歴代住職をかねています。河川神ということで「川の流れのように淀みなく流れる」ことから、「弁説」「音楽」の才能の神として当初は弁才天と書いていたようですが後に財宝の財が好まれるようになりました。

また、宝珠院には、港区指定文化財の閻魔大王の像があります。この像は寄木作りで高さ2m、貞亨二年(1685)の作と言われています。右に司録、左に司命の二像を従えているのが特徴です。弁財天は、元はインドの古代神話に登場するサラスバティというインダス川の神様です。サラスバティは「水を持つもの」と訳されます。したがって池や川など水のある所にまつられます。水の流れは、音楽やよどみないおしゃべりに結びつき、芸能の神様としても信仰されています。また弁財天は妙音天、美音天とも呼ばれることがあります。
 姿は二臂(ひ)のものと八臂のものがあります。二臂の場合は琵琶を持つことが多く、八臂の場合は、宝珠・宝棒・宝箭(矢)・宝刀・宝弓などを持っています。持ち物は時代や彫刻家の考えによって多少異なるようです。二臂・八臂とは手の数のことです。姿にいろいろあるのは、宇賀神将の御利益(弁財を施す)が似ているため、混同されたのではないかと言われています。「才」の字を「財」に改めて、金運のご利益を中心にしたところもあります。
 仏様の手を数えるときは臂(ひ)といいます。例えば顔が3つで手が6本のときは三面六臂といいます。

港七福神めぐりのご朱印専用色紙と巡拝用の地図は各社寺にて配布しています。御朱印代は各社寺とも 300円です。


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熊野神社(恵比寿)|港区・七福神めぐり

■熊野神社(恵比寿)|港区・七福神めぐり

〒106-0041
東京都港区麻布台22丁目2-14
TEL:03-3589-6008
応永(1394~1427)の頃、慶祚阿闍梨が勧請したといわれ、また、養老年間芝浜に勧請後移転したとも言われていますが、元禄16年(1703)の火事で旧記録が焼失し詳細は分かっていません。

恵比寿さまは、右手に釣竿、左手に鯛を抱えています。はじめはそのお姿から想像できるように漁の神さまでした。海のかなたから渡って来た豊漁をもたらす神さまとして、また航海安全の神さまとして港の近くに多くまつられました。港は船の出入りによって商売が繁昌するので、航海安全は商売繁昌につながり、恵比寿さまは商売繁昌の神様としても有名になりました。
 神道では恵比寿さまはイザナギノミコトとイザナミノミコトの第三子と言われ、夷の字が多く使われます。このほか戎、恵比須、恵美酒、蛭子、胡、などの文字も使われます。

港七福神めぐりのご朱印専用色紙と巡拝用の地図は各社寺にて配布しています。御朱印代は各社寺とも 300円です。


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天祖神社(福禄寿)|港区・七福神めぐり

■天祖神社(福禄寿)|港区・七福神めぐり

東京都港区六本木7丁目7-7

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港区・七福神めぐりの中で「福禄寿」を祀っている神社。
龍土町通りにあり、目印は隣にセブンイレブンがあります。
 
 
不動院(高野山真言宗)

■不動院(高野山真言宗)

〒106-0032
東京都港区六本木3丁目15-4
TEL:03-3224-1881

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